令和四年 七 月
1. 入道雲
入道雲君に迷いはないのかね
わだち
夏空に轍あるごと雲走る
夏の空に、つぎつぎと白い雲が現れ、走り抜けていきます。まるで、空に轍が敷かれていて、雲はその上を全速力で走っているように見えます。
2. アゲハ蝶
アゲハ蝶外飾るより愛なのよ
蝶の影地面に踊り猫目追う
アゲハ蝶が飛んで来たとき、秋元順子「愛のままで・・」の曲を聞いていました。「誰かと比べる愛はいらない」「過ぎた日々を飾ることより」と、唄っていたので、これをアゲハ蝶に伝えました。
3. コップ酒
あるじ
コップ酒かつて男は主だった
眼鏡掛け顔洗うとは何事ぞ
一日の仕事を終え、帰宅の途中に地元の酒屋に寄り、店先でコップ酒をキュッと立ち飲みする。家に帰り、何もなかった顔をして新聞を読む。かつて、男が主であった頃の話です。
4. 転 寝
柱背に竹ぼうき抱き転寝す
転寝や己の鼾が邪魔をする
朝の庭掃除が終わった後、ちょっとの時間、柱を背にして転寝をしました。朝の爽やかな空気と穏やかな日差しの中で、この短い転寝は何とも至福の時間でした。
5. 蜥 蜴
トカゲ
夏川や蜥蜴動かず作句かな
音すれど姿を隠す岩清水
トカゲが一匹、川沿いの陽の当たる岩の上にじっと動かず、何か考えごとをしているように見えます。トカゲは、きっと俳句作りに集中していたのかもしれません。
八 月
1. 故郷の山
故郷の山泰然と緑なす
夏川の砂食む足の裏くすし
故郷の山は、昔も今も泰然とした姿で、出迎えてくれます。「どうだ一生懸命生きてるか」と問われた気がして、「何分、老齢になりまして」と答えたら、「そんなこと聞いておらん、見れば分かる」と、言われてしまいました。
2. 蝉の声
施餓鬼会の香揺るがすや蝉の声
しゅみだん
須弥壇の茄子と胡瓜の澄まし顔
施餓鬼会は、いつも夏の暑さの中で、読経と蝉の鳴き声が一体となって行われます。蝉のにぎやかな鳴き声は、祭壇の線香の煙を揺らすのではないかと思うほどです。
3. ぼた餅
ぼた餅のどっしり重い姿かな
どっしりや西瓜と尻と入道雲
「どっしりとした姿とは?」と、問われたら何を連想しますか。まず、ぼた餅ですね、それに西瓜や入道雲もどっしりしてますね。でも、やっぱり中年の叔母様のお尻の姿でしょうか。
4. 夏陽落つ
夏陽落つ川面にひかり残しつつ
踏切の音によみがえる昔かな
汽車や電車が通過するとき、踏切の遮断器が下り、周辺に乾いた警報音が鳴り響きます。この乾いた音は、幼い頃にも聞いた覚えのある快い音で、昔への郷愁に誘われます。
5. 遠 雷
遠雷の音数え待つ夕涼み
桃の果やうっふうっふの顔並べ
雷の稲妻が光ったら、その遠近を判断するため、雷の音が聞こえるまで数えなさいと、小学校で勉強しました。よほど怖かったのでしょう、雷がひかる度に真剣に数をかぞえました。
九 月
1. 秋彼岸
残り香を微かに聴ける彼岸かな
冥途へはこの角曲がれと曼殊沙華
お彼岸の墓参りに行く途中で、お参りを終えて帰って来た親せきの人に出会い、立ち話をしました。その人の衣服からは、微かにお線香の香りがしました。
2. 秋の月
月立ちぬ雲を従え闇の王
やれ見よや月が見つめる付いて来る
秋の月が、雲を従者のように引き連れ、夜空に君臨しています。月夜に歩いていると、月に見つめられ、月がいっしょに付いて来るように思えます。
3. 空 蝉
空蝉やスマホを見る眼みな同じ
かまびす
椋鳥の喧しきは娘百人
電車の乗客が、車内でスマホを見る光景は日常的なものになりました。一心不乱に、取りつかれたようにスマホに見入る乗客の眼は、みな一様に同じに見えます。
4. 人肌燗
人肌の温もり忘れた独り酒
通り雨萩に誘われ雨宿り
日本酒の通の人は、燗酒の温度は人肌ほどの温もりがよいといいます。独り身になった私には、人肌の温もりを忘れました。でも、大丈夫です。熱燗のお酒も、とても美味しいです。
5. 夜の蝉
鳴き足らぬ足らぬと騒ぐ夜の蝉
蝉一声名残りの夏を引き裂きぬ
秋の気配が強まった夜に、蝉が鳴いています。まだまだ鳴き足らない、鳴き足らない、でも夏が終わってしまう、と夜の蝉は不貞腐れたように鳴いています。
十 月
1. 稲の重み
穂を下げて色づく稲の重みかな
虫喰い葉りっぱに紅葉なされたり
玄関脇の木に、虫に喰われた葉っぱがあり、以前から気になっていました。秋が深まるにつれ、その虫喰い葉が紅葉して色づき始めました。りっぱに紅葉してよかったねと、声をかけました。
2. 十三夜
花籠の花も月見の十三夜
狸来て太鼓打ちそな月夜かな
秋の夜空に、大きな月が出ています。ここに狸が来たら、腹づつみを打つかもしれないなと思いながら、花かごの花と一緒に月見をしました。
3.寺の秋
鐘の音がしづかさ運ぶ寺の秋
いつの間に燈の点りたる秋の夕
夕暮れどきに、寺の鐘の音が聞こえてきます。鐘の音は、今日はこれで寺の門を閉めますと告げています。この鐘の音とともに、街も一日を終えて暮れていきます。
4. もみじ
ご酒飲みた乙女の肌のもみじかな
赤蜻蛉枯れ蘆とまり陽に映える
もみじが紅葉で色づきました。そのもみじの色は、若い色白の娘さんがご酒をいただいて、ほんのりと赤くなった様子に似ています。
5. 秋 雨
濡れ落葉わが身に重ね庭を掃く
秋雨や雨紋はジャズを奏でおり
秋雨で水溜まりができ、雨紋がリズミカルな音楽を奏でているようです。そのメロディーは、クラシックではないですね、やっぱりジャズだと思います。
十 一 月
1. 芒
すすきの穂風のゆく道示しをり
芒原このまま行けば彼岸かな
風が芒原を通り抜けると、すすきの穂が風の通った道を示します。芒原をこのまま歩き続ければ、彼岸の地に辿り着けるかもしれないと思いました。
2. 色尽くし
秋の川赤朱橙黄の色尽くし
女湯に入りて悩むや吾五歳
秋が深まり、川沿いの木々が色鮮やかに紅葉しています。その色彩は、豪華絢爛なもので、秋の季節がプレゼントしてくれた色尽くしのおもてなしです。
3. ワインに淀む闇
ギアマンのワインに淀む闇深し
ひとの道教えてくれる栗の棘
ワインは、欧州の国々がその歴史と文化を共有しています。しかし、その地で戦争が始まり、グラスに注がれた赤ワインを見ていると、得体の知れない闇を感じます。
4. 銀杏の木
銀杏の木赤いおべゝが着たいとさ
三日月の端に掛けたやおゝ数珠
銀杏の木は、秋になると色鮮やかな金色に黄葉します。でも、銀杏の木は一度でいいから、赤い着物も着てみたいと思っているかもしれません。
5. 夢舞台
長き夜や糸巻き戻す夢舞台
嵐去り虫の音さやか百万倍
秋の夜長に、過ぎ去った日々を振り返り、あの時、別の道を選択していたら、現在どうなっているだろうと考え始めると、夜の長さもきっと短く感じると思います。
十 二 月
1. 根 雪
けふの雪根雪になると人はいう
ひと立ちて風の乱れの寒さ哉
根雪になる雪が降ると、雪国は本格的な冬の季節が到来します。"今日の雪は、根雪になりそうですね" 、と街の人たちの時節の挨拶にも使われます。
2. 豊かさ
温かい湯で顔洗う豊かさよ
豊かさは蜜柑の多さに比例する
私の幼い頃、今よりも蜜柑を沢山食べたように思います。年末に、正月用の蜜柑を段ボール箱で購入し、その沢山の蜜柑を見て、とても豊かな気持ちになりました。
3. 唐辛子
唐辛子縁に寝ころび留守居役
本当は赤鬼の棒になりたかったの
訪問した家は、唐辛子が玄関横の縁側に干され、赤く色づいていました。声をかけましたが、家人は留守のようで、赤い唐辛子が留守番役になっていました。
4. 山茶花
山茶花の蕾ひとつは紅の色
さざんかの花片踏みしめ子ら遊ぶ
山茶花は、多くの蕾と花を付けます。その蕾の一つひとつは、紅の色をしています。山茶花の咲く公園で、子供たちは歓声をあげながらボール遊びに夢中です。
5. 師 走
夜廻りの木打ち冴えたる師走かな
霜柱サクさくサクの音楽し
町内会の歳末の夜廻りが、寒空に木内の冴えた音を響かせています。この木内の音を聞くと、今年もいよいよ終わりになり、新しい年を迎える気持ちになります。
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投稿者 中嶋 徳三